2017年の4月から、私は不安発作やパニック発作で悩まされるようになりました。仕事中に発作を発症して以来、私の日々の生活は支障をきたすほどまでになってしまいました。朝起きてから夜寝る直前まで、発作に襲われるという状況が数ヶ月も続いたのです。
症状が軽い日もあれば、酷い日もありましたが、なぜ私が不安障害をもつようになってしまったのかと、理由が分からず悩んだ日は最悪でした。この苛立ちで更に、夜深く眠ることも、落ち着いて呼吸をすることも、寝返りをすることさえも出来ませんでした。
私は、神様に何度も問いかけました。「これは私が一生背負うべき苦しみなのでしょうか。いつかは消えるのでしょうか?」時々症状が和らぐこともありましたが、痛みが消えることはありません。ひたすら耐えるしかありませんでした。
しかし私の思考を変えるようにと、唯一促してくれるものがありました。それは聖書を読む事です。
かつてC・S・ルイス (1898 – 1963)、というイギリスの小説家が書き残しました。
痛みはいやがおうにも注意喚起をさせる。神はわれわれの楽しみの中でささやかれ、われわれの良心に語られる。しかし、われわれの痛みの中で叫ばれる。痛みは霊的な耳が不自由な世界の人々を覚醒させるメガフォン(拡声器)である。
− ナルニア国物語より−
この痛み辛さがいつまで続くのか、永遠に続くのか、私には分かりません。確信していることは、神様は私の全ての不安や恐れの中にいてくださいましたし、 私の力の源となり希望となり、私が自信を失わないようにと励まし震い立たせてくださいます。決して私から離れない、見捨てないとも仰ってくださいました。不安障害自体は何も教えてくれませんが、私の不安を落ち着かせてくださる神様こそが、本来の私を呼び起こし、私はどのような人間なのか明確にくださいます。
シャーメイン
In Matthew 6:31-33, Jesus says,
“Do not worry then, saying, ‘What will we eat?’ or ‘What will we drink?’ or ‘What will we wear for clothing?’ … your heavenly Father knows that you need all these things. But seek first His kingdom and His righteousness, and all these things will be added to you.”